ドラえもんが使用を思いとどまったにもかかわらず、悲劇はのび太の軽率な行動によって幕を開けます。ドラえもんの様子を盗み見ていたのび太は、「隠すくらいだから素晴らしい栄養ドリンクや頭が良くなる薬に違いない」と身勝手に誤解し、フラスコの中身をすべて飲み干してしまうのです。
ここから描かれる「悪魔のイジワール」の効果は、まさに現実改変とも呼ぶべき凶悪なものでした。薬を飲んだ人物が「何かをしよう」と意図した瞬間、周囲のあらゆる人間関係、物理法則、偶然の事故、自然現象が連動し、その目的の達成を完全に阻止します。単に誰かが意地悪をしてくるだけでなく、世界全体が悪意を持って立ちふさがる点がこの道具の真の恐ろしさです。
作中で描かれた妨害の連鎖は、読者の精神を削るのに十分なリアリティを持っていました。
喉が渇いて水を飲もうとすれば、水道管の工事で断水が起き、自動販売機にお金を入れれば故障して飲み物が出てこない。空腹に耐えかねてどら焼きを食べようとすれば、飛来したカラスに奪われるか、突風で吹き飛ばされる。極めつけは、限界に達したのび太がトイレに行こうとするシークエンスです。自宅のトイレは先客に塞がれ、空いた瞬間にドアノブが壊れ、近所の空き地や公衆便所へ走れば犬に襲われ、他人の家のトイレを借りようとすれば不審者として追い払われるという、息つく暇もない不条理劇が展開されます。
そして物語の結末(ネタバレ)において、読者は救いのない絶望を目撃します。のび太は何一つ目的を果たせず、極限の生理的苦痛と精神的疲労の中で力尽き、ただひたすらに地面に突っ伏して泣き叫ぶことしかできませんでした。他のひみつ道具のように、便利なカウンターアイテムで解決する爽快感は一切なく、薬の効力が自然に切れるまでひたすら拷問のような現実に耐え続けるしかないという、あまりにも重苦しい幕切れを迎えます。