班田収授法はなぜ崩壊したのか?教科書が省いた破綻の真相と現代への教訓

班田収授法はなぜ崩壊したのか?教科書が省いた破綻の真相と現代への教訓

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班田収授法が導入された背景を正確に掴むには、まず古代律令国家の土地制度が目指した国家構図を知る必要があります。この制度の理念的な起源は、646年の「改新の詔」に示された公地公民制に遡ります。それまで豪族(氏姓貴族)が個別に支配していた私有民(部民)と私有地(田荘)を国家の直接管理下に置き、中央集権体制を打ち立てることが大義名分でした。

法制度として明確に整備されたのは、天智天皇期の近江令(存在に諸説あり)を経て、689年の飛鳥浄御原令、そして701年の「大宝律令」の制定によって完成を見ます。実際に全国規模で班田が整然と施行され始めたのは、文武天皇の御代である8世紀初頭のことです。

仕組み自体は明快でした。全国民を把握するために戸籍と計帳の作成を義務付け、良民・賎民の身分や性別に応じて「口分田」と呼ばれる農地を給付。その耕作者が死亡した際には農地を国家へ返還させ、別の受給資格者へと再分配する循環システムです。しかし、この一見合理的な再分配構造には、発足当初から日本の地形的・地政学的実態を無視した大きな無理が潜んでいました。

小林 直樹
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小林 直樹

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。