『叫び』を手掛けた人物は、19世紀末から20世紀初頭にかけてヨーロッパ画壇に鮮烈な衝撃を与えたノルウェー出身の画家、エドヴァルド・ムンクです。今日では「表現主義」の代表格として世界的な評価を確立していますが、この作品の原題を正しく理解している人は意外なほど限られています。
本作のドイツ語による正式な原題は『Der Schrei der Natur(自然の叫び)』。つまり、叫んでいる主体は中央に描かれた有機的なフォルムの人物ではなく、彼を取り巻く「大自然」そのものです。ムンクが1892年1月22日、南仏ニース滞在中に自身の日記へ書き残した有名な手記が、その決定的な証拠となっています。
「二人の友人と道を歩いていた。日が沈み、突然空が血のように赤く染まった。私は言いようのない疲労を覚え、立ち止まって道端の手すりに寄りかかった。青黒いフィヨルドと街の上に、炎のような血の舌が広がっていた。友人たちはそのまま歩き続けたが、私は不安に震えながら一人立ち尽くした。そのとき、自然を貫く途方もない無限の叫びを聴いたのだ」
当時の特番インタビューや回顧録の研究において美術史家たちが口を揃えて指摘するように、絵の中の人物は絶叫しているのではなく、「突然大気から襲いかかってきた耐え難い不協和音と恐怖から身を守るため、必死に両手で耳を塞いでいる姿」を描いたもの。これがネット上でも大きな反響を呼んだ「叫んでいない説」の学術的真実です。