当時の松坂大輔が投じるボールは、高校生の次元を遥かに超えていた。150キロを超える直球と鋭く落ちるスライダー。その球を受け止める捕手のミットには、想像を絶する衝撃と激痛が走っていたという。上地雄輔は後年の対談で、「大輔のボールを受けた後は手が痺れて動かなくなることも日常茶飯事だった」と当時を振り返る。
怪我やポジションの変遷といった試練に見舞われながらも、上地は常にチームの精神的支柱であり続け、松坂の最高の理解者であり続けた。投げ手と受け手という役割を超えた二人だけの絆は、渡辺監督のもとで行われた猛練習の苛酷さの中で静かに、しかし強固に育まれていったのだ。