「雨ニモマケズ」を深く理解する上で欠かせないのが、雨ニモマケズ法華経の影響です。賢治は熱心な法華経信徒であり、日蓮主義の国柱会に入信して父と激しく対立した歴史を持ちます。手帳の「雨ニモマケズ」が書かれたページの前半や周囲には、曼荼羅の題目(南無妙法蓮華経)や諸仏の名が書き連ねられていました。
仏教学および近代文学の共通見解として、「デクノボウ」のモデルは法華経の第20章に登場する「常不軽菩薩(じょうふぎょうぼさつ)」であると位置づけられています。常不軽菩薩は、出会うすべての人に向かって「私はあなた方を深く敬います。決して軽んじません。あなた方は皆、仏になる尊い性質を持っているからです」と礼拝し続けました。しかし周囲の群衆からは「あいつは頭がおかしい」「デクノボウめ」と嘲笑され、石を投げつけられ、杖で打たれました。それでも怒ることなく、遠くへ逃げては再び頭を下げ続けた菩薩です。
賢治が目指した境地とは、ただのお人好しではありません。「褒められたい」「感謝されたい」「認められたい」という下心があれば、他者の悪意や軽蔑に耐えることはできません。そうした自己顕示欲を完全に焼き尽くした後に残る、無償の慈悲の実践者。賢治にとってのデクノボウとは、世俗の物差しで測れば無能に見えるが、精神の次元では最も尊い存在だったのです。