ショパンは多くの人に影響され、名曲を生み出してきました。
その中でも、特に影響を与えた2人について紹介します。
友人:フランツ・リスト
フランツ・リストは、ハンガリー王国出身でヨーロッパで活躍した作曲家・ピアニストです。
ショパンとはパリ時代に友人でした。
リストとショパンは、性格もピアノの演奏も正反対でした。
リストは、圧倒的な技術で大ホールで歓声を浴びる。
一方のショパンは、繊細で柔らかく微妙なニュアンスの演奏で観客を魅了する。
リストはショパンを称賛し、親密になりたかったそうです。
しかし、ショパンはリストの完璧なテクニックに驚きながらも、それほど評価していませんでした。
表面上は友人として接していましたが、ショパンはあまり気を許していなかったそうです。
ショパンの死後も、リストは演奏会で積極的にショパンの曲を演奏しました。
そのおかげで、ヨーロッパ中にショパンの曲が知れ渡ったそうです。
小さな舞台でしか演奏してこなかったショパンが、これほどまでに有名になったのは、リストのおかげがあるのかもしれませんね。
愛人:ジョルジュ・サンド
ジョルジュ・サンドはパリ出身の小説家です。
サンドは18歳で結婚して、2人の子供をもうけました。
しかしその後別居、ショパンとはリストを通じて出会いました。
2人の性格は対照的で、繊細で神経質なショパンに対し、サンドは決断力や行動力があり、オープンな性格でした。
サンドはショパンの天才的な音楽の才能を愛し、その才能を存分に発揮できるよう献身的に尽くしました。
そのおかげもあって、ショパンはサンドと出会ってから多くの曲を生み出しています。
「ポロネーズ」や「ノクターン」そして「子犬のワルツ」もこの時期にできた作品です。
しかし、ショパンの病状が悪化し、サンドもショパンの看病に疲れてきてしまします。
サンドの子供を巡る問題を引き金に、2人は別れることになってしまったそうです。
サンドと別れたショパンは、そのショックと病状の悪化から2年後に亡くなりました。