2004年に乳がんを発症し、その後全身への転移を公表した際も、樹木さんは悲壮感を一切漂わせませんでした。「がんはありがたい病気。死の準備ができるから」という言葉は、多くの人々に衝撃を与えました。樹木希林の名言に見る癌との向き合い方は、病魔と闘って打ち勝つという従来の言説とは対極に位置する「共生と受容」の思想でした。
テレビ番組『徹子の部屋』に出演した際も、黒柳徹子さんを相手に自身の身体の状態を淡々と、時に笑いを交えて語る姿が印象的でした。樹木希林の名言が『徹子の部屋』などの公の場で発せられるたび、視聴者は死を不吉なものとして遠ざけるのではなく、生の一部として引き受ける彼女の毅然とした立ち姿に圧倒されました。
樹木希林の遺言と経歴を振り返ると、劇団文学座での初舞台から「悠木千帆」としての活躍、芸名をオークションで売却して「樹木希林」へと改名した破天荒なエピソードに至るまで、常に常識を疑い続けた軌跡が浮かび上がります。最期まで延命治療を望まず、自宅で家族に見守られながら旅立った幕引きは、彼女が語り続けた樹木希林の死生観まとめの実践そのものでした。