御徒町の由来を紐解くには、江戸時代の防衛システムに時計の針を戻す必要がある。「御徒(おかち)」とは、江戸幕府において将軍の護衛や江戸城の警備を担当した下級武士「徒士(かち)」を指す言葉だ。彼らは馬に乗らず、徒歩で戦う歩兵のような役割を担っていた。
当時、この地域には多くの徒士組敷地(同心屋敷)が集積していた。明治時代に正式な行政地名として「御徒町」と命名されたが、昭和40年代の住居表示変更に伴い、行政上の地名としては一度消滅。しかし、駅名や通称として生き残り、今なお圧倒的な存在感を放ち続けている。