Tohoシネマズ日劇はなぜ閉館したのか?跡地の現在と85年の歴史

Tohoシネマズ日劇はなぜ閉館したのか?跡地の現在と85年の歴史

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TOHOシネマズ日劇の源流を辿ると、昭和初期の1933(昭和8)年12月に竣工した初代「日本劇場」に突き当たります。アール・デコ様式の壮麗な円筒形建築として誕生した旧日劇は、戦時下の空襲や戦後のGHQによる接収を免れ、半世紀にわたり日本の大衆娯楽の象徴であり続けました。「日劇ダンシングチーム(NDT)」のレビューや、1950年代後半のロカビリーブームを巻き起こした「ウエスタン・カーニバル」など、映画と舞台が融合したエンタメの殿堂として一時代を築いた歴史を持ちます。

1981年に初代ビルが解体された後、1984年10月に旧朝日新聞東京本社跡地と一体再開発された「有楽町マリオン(有楽町センタービル)」内に、装いも新たに「日本劇場」「日劇東宝」「日劇プラザ」の3館が開館。2009年2月には運営方針の統合により「TOHOシネマズ日劇(日劇1・2・3)」へと名称が統一されました。

閉館直前の2018年1月27日から2月4日にかけて開催された特別サヨナラ興行「日劇ラストショウ」では、歴代のヒット作や名作映画が一挙上映され、劇場前には別れを惜しむオールドファンから若年層までが殺到。『ゴジラ』シリーズの一挙上映や『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』、さらには映画関係者による舞台挨拶が行われ、チケットは瞬く間に完売しました。最終日の2月4日夜、最終上映を終えたスクリーン前で支配人が行った最後の挨拶には、立ち見の観客からも割れんばかりの拍手と「ありがとう日劇!」の声が響き渡り、85年に及ぶ興行の歴史は感動的なクライマックスを迎えました。

山崎 陸
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山崎 陸

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