イチローの伝説は、神戸の地から幕を開けました。愛工大名電高校から1991年ドラフト4位でオリックス・ブルーウェーブに入団したイチローは、1994年に登録名を本名の「鈴木一朗」から「イチロー」へ変更。新任の仰木彬監督のもとでレギュラーに抜擢されると、日本プロ野球界の常識を覆す大ブレイクを果たします。
独特の「振り子打法」から広角に安打を打ち分け、1994年には日本球界史上初となるシーズン210安打を記録。打率.385をマークして彗星のごとく首位打者の座に就きました。そこから渡米する2000年まで、前人未到の7年連続首位打者を獲得。NPB在籍の9シーズンで積み上げたNPBオリックス時代安打数は1278本にのぼります。
当時のパ・リーグは野茂英雄や伊良部秀輝、松坂大輔など球史に残る剛腕投手が揃う黄金期でした。その強烈なマークをかいくぐりながら、3年連続MVPや5年連続最多安打など数々のタイトルを独占。日本球界にはもはや敵がいないことを証明し、2000年オフにポスティングシステムを利用して日本人野手初となるメジャー挑戦を決断しました。