長谷川町子は1920(大正9)年1月30日、佐賀県小城郡多久村(現在の多久市)に生まれ、幼少期を福岡市で過ごしました。幼い頃から絵を描く才能に恵まれていた町子は、父親の急逝を機に一家で上京。1935年、15歳の若さで『のらくろ』の作者として知られる漫画界の巨匠・田河水泡の門を叩きます。当時としては極めて珍しい女性の弟子入りでしたが、その並外れた観察眼と描写力を見抜いた田河から才能を高く評価され、同年に『少女倶楽部』掲載の『狸の面』で早くもプロデビューを果たしました。
第二次世界大戦末期、一家で福岡へ疎開していた町子は、終戦間もない1946年4月、地元紙『夕刊フクニチ』で『サザエさん』の連載を開始します。海岸を妹と散歩しながら登場人物の名前(サザエ、カツオ、ワカメなど)を考案したという誕生秘話はあまりに有名です。東京へ再転居した後は『夕刊朝日新聞』、そして『朝日新聞』朝刊へと掲載の舞台を移し、1974年までの約28年間にわたって全6477回に及ぶ大連載となりました。
彼女の代表作はファミリー向けの温かい作品だけにとどまりません。1966年に『サンデー毎日』で連載が始まった『いじわるばあさん』では、社会の欺瞞や人間の本音をブラックユーモアたっぷりに風刺。人間観察の達人であった長谷川町子だからこそ描けた名作として、テレビドラマ化もされるなど社会現象を巻き起こしました。