公園や駅前広場には無数の成鳥がいるにもかかわらず、「鳩の雛を路上で見かけたことがない」と不思議に思った経験はないでしょうか。ツバメやスズメであれば、春先に親鳥の後をぎこちなく追う幼鳥の姿を頻繁に目にします。鳩の雛だけが徹底して人前から姿を消している背景には、彼らの特異な繁殖戦略が関係しています。
鳩は「留巣性(るいそせい)」と呼ばれる習性を持ち、孵化してから成鳥とほぼ同じ骨格・体格に育ち上がるまで、決して巣から出ようとしません。カラスや猛禽類といった外敵から身を守るため、岩棚の裂け目を模したマンションの室外機下、給湯器の背後、立体駐車場の梁といった、人間の視線が届かない奥深い隙間に巣を構えます。
さらに、彼らの驚異的な成長スピードを支えているのが、鳥類としては極めて珍しい「ピジョンミルク」の存在です。鳩は昆虫や種子をそのまま雛に与えるのではなく、親鳥の素嚢(そのう)の内壁から分泌される高タンパク・高脂質のミルク状分泌物を口移しで雛に与えます。哺乳類の母乳にも匹敵するこの特異な栄養源により、雛は孵化後わずか数日で体重が数倍に膨れ上がり、羽毛が生え揃うまでの間、外敵に怯えながら地上を歩き回る必要がありません。
ベランダから聞こえる「ピヨピヨ」「シューシュー」という空気の擦れるような鳴き声は、親鳥に対してピジョンミルクを激しくねだる雛特有のサインです。親鳥の「クルッポー」という穏やかな鳴き声とは全く異なるため、ネズミやコウモリが侵入したと勘違いして放置し、気づいたときには手遅れになっているケースも少なくありません。