日雇い労働者の減少によって存続の危機に瀕したのが、約150軒以上存在した簡易宿泊所でした。1泊1,000円〜2,000円台で労働者に部屋を貸し出していた経営者たちが生き残りをかけて舵を切ったのが、山谷の簡易宿泊所を外国人観光客向け安宿ホテルへ転換するビジネスモデルです。
この変化の先駆けとなったのが、2002年の日韓ワールドカップでした。安価な宿泊先を探していた海外のサポーターを一部の宿が受け入れたところ、「3畳一間の和室にWi-Fi完備、清潔で格安」という情報が旅人コミュニティで拡散。これが契機となり、山谷地区はバックパッカーや外国人観光客が世界中から集まる宿場町としてリブランディングされました。
英語対応可能なフロント、共用キッチンの設置、個室シャワーの整備などリノベーションが進み、上野や浅草、秋葉原へのアクセスの良さも手伝って、現在ではインバウンド需要を満たす東京屈指のエコノミーステイ拠点として定着しています。