検索エンジンやSNSの関連ワードで頻繁に浮上するのが、ボキャブラ芸人死亡の真相という不穏なキーワードです。この検索需要の背景には、かつてお笑い界の未来を背負って立つと期待されながら、あまりにも若くしてこの世を去った伝説のコンビの存在があります。
それが、フォークダンスDE成子坂の現在を語る上で避けて通ることのできない、村田渚さんと桶田敬太郎さんの悲劇です。ボキャブラ時代、彼らはシュールかつ緻密に計算された不条理コントで同世代の芸人たちから一目置かれていました。爆笑問題の太田光やくりぃむしちゅーの有田哲平をはじめ、多くの先輩・後輩芸人が口を揃えて「当時最も天才的だったのは成子坂」と公言していたほどです。
しかし、1999年にコンビは方向性の違いなどから惜しまれつつ解散。その後、ツッコミの村田渚さんは新コンビ「鼻エンジン」を結成し、ピン芸人や司会者としても再起を図って『M-1グランプリ』の準決勝に進出するなど、復活の兆しを見せていました。ところが2006年11月、村田さんは急性くも膜下出血のため、わずか35歳の若さで急逝しました。あまりに突然の訃報は、親交の深かった芸人仲間を深い悲嘆に突き落としました。
さらに悲劇は続きます。ボケを担当し、コンビのネタ作りを担っていた桶田敬太郎さんは、解散後にミュージシャンや構成作家として活動を続けていましたが、2019年11月に病気(癌)のため46歳で死去。桶田さんの逝去は当初公表されず、翌年になって関係者から明かされたことで、再びお笑い界に大きな動揺が走りました。2人ともに40代前半以下で早逝してしまったという残酷な現実は、「ボキャブラの夭折した天才たち」として今も語り継がれています。