事件の発覚以降、籠池家が築き上げた物的な基盤はことごとく解体されていきました。大阪府豊中市緑丘の閑静な住宅街に構えていた籠池泰典の自宅の売却は、その象徴的な出来事です。土地・建物は学園の負債清算や税金滞納などの手続きに伴い競売にかけられ、最終的に第三者へと所有権が移転しました。かつて多くの報道陣が門前を取り囲み、籠池氏がバルコニーからメガホンを取って気勢を上げていた豪邸は、すでに見知らぬ住人の生活空間となっており、当時の熱狂の痕跡は消え去っています。
一方、籠池教育の総本山とされた塚本幼稚園の現在もまた、極めて厳しい局面に直面しています。かつて園児に教育勅語を暗唱させ、「安倍首相がんばれ」と宣誓させる独特の愛国教育で注目を集め、入園希望者が殺到していた同園は、事件後に民事再生法の適用を申請。籠池夫妻は運営から完全に排除され、娘の町浪氏が一時期理事長に就任するなど再建が図られました。
しかし、一度失墜した信用の回復は困難を極めました。園児数は事件前の数百人規模から激減し、園舎の規模縮小や運営体制の刷新を余儀なくされました。地域住民からは「登園時に軍歌が流れていた異様な雰囲気はなくなったが、園児の姿をほとんど見かけなくなり、閑散とした印象が拭えない」との声が聞かれます。右派論壇からの熱烈な賛辞によって支えられていた特異な教育環境は、社会的な批判の嵐の中で崩壊へと向かいました。