長門裕之の女性問題は暴露本騒動だけに留まりません。若手時代から派手な夜の交遊や共演者との浮き名を流し続け、そのたびに妻の南田洋子は耐え忍び、時には夫の不始末を庇い続けてきました。二人は映画『狂った果実』などでの共演を経て1961年に結婚し、テレビ番組『ミュージックフェア』の司会を夫婦で務めるなど、世間からは誰もが羨むオシドリ夫婦として映っていました。
しかし、その陰には妻の計り知れない苦悩と寛容がありました。南田洋子は夫の裏切りに傷つきながらも離婚を選ばず、長門を支え続けました。長門自身も浮気を繰り返しながら、最終的には「洋子なしでは生きられない」という奇妙な依存関係を築いていたとされています。
この二人の関係が新たな局面を迎えたのが、晩年の南田洋子の認知症発症でした。2000年代半ばから南田の症状が進行すると、長門裕之は自ら在宅介護を決意。テレビドキュメンタリーでその過酷な介護生活をありのままに公開したことは、日本中に大きな衝撃と感動を与えました。過去の不貞行為に対する贖罪であったのか、あるいは純粋な夫婦愛の帰結であったのか――長門は2009年に南田が息を引き取るその瞬間まで、献身的に介護を全うしました。