彼の演じた役柄の幅広さは、まさに驚異的という他ない。子供たちにとっての「優しいおじさん」の象徴であったオーキド博士。その一方で、『ジョジョの奇妙な冒険』で見せた老いてなお盛んなジョセフ・ジョースターの破天荒さ。この極端な二面性を、彼は何の違和感もなく演じ分けた。いや、演じ分けたというよりは、それぞれのキャラクターの人生をスタジオで生きていたのだ。
視聴者は彼の声を通じて、キャラクターの「生きてきた軌跡」を感じ取っていた。例えば『頭文字D』の藤原文太。寡黙で、タバコを咥えながら息子を見守るあの背中。セリフの行間から漏れ出る父親としての不器用な愛情は、石塚運昇というフィルターを通さなければ、決してあの深みには達し得なかっただろう。