タイタニック号には、当時ロシア留学からの帰途にあった鉄道院(現・国土交通省およびJRグループの前身)の官僚、細野正文氏(音楽家・細野晴臣氏の祖父)が唯一の日本人として乗船していました。
細野氏は奇跡的に生還を果たしたものの、帰国後に待っていたのは不条理な社会的制裁でした。海外の生還者による「他人を押しのけてボートに乗った東洋人がいた」という誤認証言や、当時の日本国内における「武士道精神に反して恥をさらした」という偏狭な道徳観から、細野氏はメディアから激しい批判を浴び、職を追われることになったのです。
しかし、細野氏が沈没直前の船内でホワイト・スター・ラインの便箋に鉛筆で書き残した手記には、まったく異なる真実が記されていました。
「ボートにはまだ2名分の空席があった。飛び込むべきか留まるべきか苦悩したが、家族への責任と生きて職務を全うする意志から、他の乗客が乗らないことを確認して乗り込んだ」
1997年、米国のタイタニック国際学会による綿密な照合調査が行われ、細野氏が乗った10号ボートには男性を押しのけて乗った事実がないこと、批判された「無理やり乗った東洋人」は他国の乗客の誤認であったことが証明されました。1世紀の時を経て、細野氏の名誉は完全に回復されています。