関東関根組の成り立ちを理解する上で避けて通れないのが、母体であった「松葉会」からの分裂と独立の経緯です。その源流は、終戦直後に東京・新橋や銀座を拠点に勢力を誇った伝説の首領・関根賢(せきね まさる)氏が率いた「関根組」に遡ります。関根組の解散後、その構成員を中心に結成されたのが松葉会であり、関根組の血統を引くグループは松葉会内部でも最強の武闘派・名門派閥として君臨していました。
対立が表面化したのは2014年4月のことでした。松葉会の主流派と、関根組の系譜を引く勢力との間で、執行部人事や組織運営の基本方針を巡る路線対立が決定打となります。当時、松葉会総務会長などの要職を務めていた大塚成晃(本名・大塚春男)氏を中心とするグループが松葉会を離脱し、当初は「松葉会関根組」を名乗り、後に現在の「関東関根組」へと改称しました。
この独立に伴い、関東各地で本部事務所への車両特攻や小規模な衝突事件が発生したものの、警察当局の迅速な介入と双方の幹部間による水面下の調整によって大規模な流血抗争への拡大は回避されました。2018年4月には、国家公安委員会および茨城県公安委員会から独立した指定暴力団として官報公示され、名実ともに松葉会とは別個の独立組織として確定しました。