「首相」という言葉が持つ政治的なニュアンスには、国会記者や永田町関係者が日常的に体感しているリアルな現場感覚が反映されています。
長年政治報道に携わってきたベテラン記者の手記や回顧録には、歴代リーダーの求心力を測る指標として「周囲がどう呼んでいるか」が度々取り上げられます。権力基盤が盤石で党内を完全に掌握している時期は、党幹部や閣僚から親愛と畏怖を込めて「総理」と呼ばれ、官邸内には強い一体感が漂います。しかし、内閣支持率が低迷し、政策の迷走によって党内基盤が揺らぎ始めると、自民党内の派閥実力者たちの口から「〇〇首相の進退問題」「あの首相では次の選挙は戦えない」といった、あえて距離を置いた突き放すような表現が増加する現象が観察されます。
公の文書に記載される「総理」という敬称的なニュアンスに対し、「首相」という言葉には、一人の政治家を行政府の長という「客観的な機能・権力主体」として醒めた視線で捉える響きが含まれているのです。SNSやインターネット掲示板の論調を見ても、政策批判を展開する文脈では「〇〇首相の失政」「首相の責任」といった鋭い言及が目立ち、地元後援会や支援者の集会では「〇〇総理を支えよう」という情緒的な結束を促す語句が選ばれる傾向があります。