柴田の復帰後、メディア各社や視聴者の関心は「いつアンタッチャブルの漫才が見られるのか」に集中しました。しかし、二人が同じ画面に映ることは一切なく、業界内では「山崎と柴田の不仲説」や「ザキヤマ側からの共演NG要請」がまことしやかに囁かれるようになります。
後にバラエティ番組や各種メディアの独占インタビューで明かされた真相は、世間が邪推していた確執とは正反対のものでした。謹慎期間中、山崎はピン芸人として独自のポジションを確立し、テレビで見ない日がないほどの超売れっ子になっていました。そうした状況下で、山崎は事務所の幹部や柴田本人に対し、次のような強い信念を伝えていたとされます。
「いま自分が柴田を引っ張り上げる形でコンビを再開させても、周りからは『ザキヤマのおかげで戻ってこられた』と見られてしまう。それでは柴田のプライドも立たないし、対等な漫才はできない。柴田がひとりで実力を証明し、自分と同じ高さまで戻ってきたときに初めて漫才をやろう」
一見冷淡にも映るこの判断こそが、山崎が相方・柴田の芸人としての腕前を誰よりも信じていた証左でした。柴田もまたその意図を汲み取り、地方局のレギュラー番組や動物バラエティ、地道なひな壇出演を重ねながら、1歩ずつ自らのタレント価値を再構築していきました。