1959年、来日中だったインドネシアのスカルノ初代大統領との電撃的な出会い。これが彼女の人生を劇的に塗り替えた。大統領に見初められた彼女はジャカルタへ渡り、1962年に正式結婚。第3夫人となり、ラトナ・サリ・デヴィ・スカルノの名を授かった。
しかし、栄華の絶頂は長くは続かない。1965年に勃発した「9月30日事件」と呼ばれる軍事クーデターにより、インドネシア政府は極度の混乱に陥る。スカルノ大統領は事実上の失脚へ追い込まれ、彼女自身も亡命を余儀なくされた。まさに映画でも描けないほどの国家の激動に巻き込まれながらも、彼女は生まれたばかりの愛娘を守り抜き、パリへと逃れたのだった。