公任からの挑戦状に対し、清少納言が返した上の句は次のようなものでした。
「空寒み 花にまがへて 散る雪に」
(空が寒々としているので、咲く花に見間違えて散ってくる雪を見ていると……)
これによって合体した一首は、次のようになります。
空寒み 花にまがへて 散る雪に 少し春ある 心地こそすれ
(空の寒さに、咲く花と見紛うように散る雪を見ていると、ほんの少し春が訪れたような気がすることだなあ)
なぜこの歌が、公任をはじめとする宮廷中の貴族たちから「これ以上の返しはない」と大絶賛されたのでしょうか。そこには3つの決定的な理由が存在します。
1. 目の前の「寒々しい雪景色」と「下の句の季節感」を完璧に調和させた
公任が詠んだ「少し春ある心地こそすれ」は、2月末という「暦の上では春だが、実際には極寒の雪景色」という矛盾した天候を捉えた句でした。しかし、この下の句だけでは「なぜ春の心地がするのか」という具体的な情景が欠落しています。
清少納言は、目の前で舞い散る雪を「春に咲く花(梅や桜)」に見立てる(見紛う)ことで、「冬の寒空の下で散る雪なのに、まるで春の花が舞っているように見えるから、少し春の気分がするのだ」という完璧な論理的整合性と叙情詩の美しさを一瞬で作り出しました。
2. 唐代の詩人・白居易(白氏文集)の漢詩を踏まえた高度な教養
当時、貴族社会の知識層にとって必須の教養とされていたのが、中国・唐の詩人である白居易の詩集『白氏文集(はくしもんじゅう)』でした。漢詩の世界では「雪を花に見立てる」という発想は格調高い定番の美意識です。
清少納言は、公任という当代きっての漢学者・歌人からの挑戦に対し、即座に『白氏文集』の典故を脳内で参照し、和歌の言葉へと見事に昇華させました。男性貴族の独壇場とされていた漢学の教養を、女性である女房がサラリと使いこなした事実は、公任たちに強烈な知的インパクトを与えたのです。
3. 使者を待たせない「即答のスピード」と宮廷サロンのプライド
平安時代の贈答歌において、どれほど素晴らしい歌であっても、時間をかけて推敲しすぎると「遅い」「機転が利かない」と嘲笑の対象になりました。使者が庭先で待っている間のわずかな時間で、震える手で懐紙に書き付けて渡したその「瞬発力」こそが、中宮定子サロンの知的水準の高さを天下に知らしめる結果となりました。