初対面時のぎこちなさは、回を重ねるごとに特異なパートナーシップへと変貌を遂げた。マッカーサーはソ連やイギリスなど他国からの激しい天皇訴追要求を退け、象徴天皇制を中心とした新憲法の制定を急いだ。ここまでの経緯を振り返る詳細まとめとして、二人の関係は単なる占領者と敗者ではなく、戦後日本の統治構造を二人三脚で築いた共同作業者だったと言える。
1951年、朝鮮戦争を巡るトルーマン大統領との対立でマッカーサーが突如解任された際、昭和天皇は自ら宿舎を訪れて別れを惜しんだ。羽田空港から飛び立つ司令官を見送ったのは、かつて敵国として激戦を交わした国家の指導者に対する、複雑で深い情誼だった。