検索市場でも特に関心が高いのが、遊楽者と遊び人の違いや、享楽主義者・快楽主義者との違いです。どれも「楽しむ人」という点では共通していますが、その根底にある行動原理と社会的な立ち位置には明確な差が存在します。
まず「遊び人」は、定職に就かず博打や夜遊びに明け暮れる人物を指す俗語であり、しばしば社会的な責任放棄や無頼なニュアンスを伴います。また、明治以降の近代文学などで登場する「遊民(ゆうみん)」は、高等教育を受けながらも働く意志を持たず思索にふける知識人階層を指すことが多く、楽しむことそのものが主目的ではありません。
一方、哲学や倫理学で語られる快楽主義者との違いはどうでしょうか。快楽主義(ヘドニズム)は「苦痛を避け、快楽を得ることこそが人生の最高善である」という体系的な論理に基づきます。また「享楽主義者」は、その場の刹那的な刺激や欲望に流され、快楽に身を任せる傾向が強く出ます。
対照的に「遊楽者」は、欲望に溺れる受動的な存在ではありません。むしろ「粋(いき)」や「風情」を重んじ、芸事や自然の移ろい、人との交流の中に主体的に面白さを見出す風流人(ふうりゅうじん)に近い精神性を持っています。遊楽の類語には「道楽」「歓楽」「行楽」などがありますが、遊楽者はそうした行為全般を自分なりの美学でコーディネートする達人と言えます。