政治的混迷のさなか、自然の猛威もまた日本列島を襲った。1933年3月3日未明、三陸沖を震源とする巨大地震が発生。最大20メートルを超える大津波が東北地方の沿岸部を呑み込み、3,000人以上の死者・行方不明者を出す大惨事となった。
これが「昭和三陸津波」である。明治三陸地震からわずか37年後の悲劇だった。被災地の人々は、度重なる災害に打ちひしがれながらも、そこから立ち上がろうともがいた。近年の日本における相次ぐ震災と重ね合わせると、この国が背負う「災害の記憶」の継承がいかに困難で、かつ重要であるかが浮き彫りになる。