圏央道を走行中に案内看板を注視しても、緑地に白文字で大きく「SA」と誇示された標識はどこにも見当たりません。設置されている休憩施設はすべて「PA(パーキングエリア)」です。この疑問について道路政策の歴史と整備計画を紐解くと、環状道路特有の設計思想が浮かび上がります。
本来、高速道路における「サービスエリア」はおおむね50km間隔で配置され、レストラン、売店、給油所(GS)を備えた総合的休憩施設と定義されています。一方の「パーキングエリア」はおおむね15km間隔でトイレや必要最小限の自販機・売店を置く施設と区分されてきました。しかし、圏央道は都市近郊の環状連絡道路として構想された経緯があります。
計画当初、道路行政の想定は「東名や関越といった放射状高速道路の巨大SAをあらかじめ利用した車両が、目的地へ抜けるために短時間だけ通過する」というものでした。環状線そのものに長大な滞在型施設を設ける必要性は低いと判断されたのです。さらに、首都圏近郊の過密地帯を縫うように走るルート選定ゆえに、広大な用地買収が難航を極めたことも決定打となりました。
ところが全線開通が進むにつれ、北関東から西日本、あるいは成田空港方面へ直通する長距離トラックや行楽車両が激増。結果として「環状道路を数百キロ単位で連続走行する」という、設計当初の想定をはるかに超える利用実態が常態化し、休憩施設と給油所の慢性的な不足というひずみを生み出しました。