ネット上の言論やSNSでは、「安倍晋三は母方の祖父・岸信介の思想を100%継承した」と語られることが少なくありません。しかし、現場の取材記録や関係者の手記を精査すると、そこには重大な見落としが存在します。
安倍晋太郎自身は生前、親しい記者に対して次のように漏らしていました。
「俺は岸の娘婿だが、本質は反骨の政治家・安倍寛の息子なんだ」
晋太郎は、岸信介の権力志向やタカ派路線とは一線を画し、アジア諸国との対話や平和外交に重きを置くリベラル保守のスタンスを保ち続けました。派閥政治の渦中にありながらも派閥の論理に染まりきらず、他派閥の議員や野党幹部とも深い信頼関係を築いていたのです。
息子の晋三もまた、父の温厚さと祖父・岸の果断さという二面性を内包しながら成長しました。「岸信介の孫」というレッテルだけで安倍政治を語ることは、父・晋太郎が命を削って示した「対話と協調の外交精神」を見落とすことにつながります。