かつての若者が原宿の竹下通りやブティックに群がっていた光景は、2026年の今、スマートフォンの画面上にそのまま移植された。アルゴリズムが提示する「今バズっているもの」を無批判に受け入れ、SNSで他人の承認を得るために自身のスタイルを更新し続ける現代人。メディアの形が変わっただけで、構造は何も変わっていない。
「集団と同じでなければ不安だが、個性的でありたいとも願う」という自家中毒。桑田佳祐は40年前に、この現代的な生きづらさを予言していた。だからこそ、今この曲を聴く若者たちは、自分たちの鏡像を見せつけられたかのような衝撃を受けるのだ。