この名曲の深層を理解する上で避けて通れないのが、川嶋あいの過酷な生い立ちと音楽に込めた執念です。
福岡県出身の川嶋あいは、生後まもなく乳児院に預けられ、児童養護施設を経て養子縁組によって川嶋家に迎えられました。養母は彼女の音楽的才能を見抜き、演歌歌手を目指す彼女を愛情深く支援しましたが、川嶋が中学校に入学した直後、病に倒れ急逝します。実父・実母・養母をすべて失い、15歳にして天涯孤独の境遇に立たされたのです。
深い悲嘆と孤独の中、彼女は養母との約束を果たすために単身上京。渋谷の路上でアコースティックギター1本を抱え、歌い始めました。そこで自らに課した誓いが「路上の3つの目標(路上ライブ1000回、自主制作CD手売り1万枚、渋谷公会堂ワンマンライブ)」でした。
冷たい路上で通行人に無視され、警察の取り締まりに遭いながらも、彼女は毎日マイクを握り続けました。その過酷な日々のなかで、キーボーディストでありプロデューサーのnaoと運命的な邂逅を果たします。彼女の持つ稀有な歌声と、路上で歌われていた『旅立ちの日に…』のメロディの美しさに衝撃を受けたnaoは、彼女の楽曲をポップスへと昇華させるパートナーシップを結びました。
番組プロデューサーから『あいのり』のコンペティションへの参加を打診された際、原曲『旅立ちの日に…』をベースに、番組の世界観に合わせた恋愛詩へと書き直されたのが『明日への扉』です。川嶋あいは当時の手記で「大切な人を失った悲しみから生まれたメロディが、誰かの新しい出会いを祝福する歌へと生まれ変わったことに不思議な救いを感じた」と述懐しています。