貨幣の中央に開けられた正方形の穴(方形透孔)を挟み、上下に「富」「本」、左右に七つの点が亀甲状に並ぶ独特の意匠。このコインは「ふほんせん」と読みます。そのユニークな図像には、古代中国の哲学と為政者の深い思想が凝縮されています。
まず文字部分の「富本」という言葉の由来は、中国古代の道家思想書『文子(ぶんし)』に記された「民を富ましむるは、これ国の本なり(民を豊かにすることが国家の根本である)」という統治思想に基づくと考えられています。天武朝が民衆の安定と国力の充実を掲げていた姿勢を象徴するネーミングです。
一方、左右に配された丸い粒は「七星(しちせい)」と呼ばれ、道教における北斗七星を表しています。古代東アジアにおいて、北斗七星は宇宙の中心を司る最高神「天帝」の象徴であり、国家安寧や邪気配除の強い呪力を宿すと信じられていました。つまり富本銭は、実利的な経済価値と宗教的な超越パワーの両方をコイン一枚に刻み込んだ、極めて象徴性の高いプロダクトだったわけです。