大黒摩季をめぐる音楽史において、後世のリスナーが最も驚くトピックが、90年代中盤にまことしやかに囁かれた「大黒摩季 実在しない説(CG説・ゴーストシンガー説)」です。
メディア非露出が生んだ「都市伝説」の真相
当時、所属レーベルであるB-Gram RECORDSおよびビーインググループは、テレビの歌番組への出演を極端に制限し、タイアップとCMスポット、CDショップの店頭プロモーションに特化するメディア戦略をとっていました。CDジャケットでは顔の輪郭をぼかした写真や横顔が多く、動く本人の姿をテレビで目にする機会がほとんどありませんでした。
あまりの完璧なハイトーンボイスと怒涛のミリオンセラー連発に、インターネット黎明期のネット掲示板や週刊誌では「大黒摩季は複数のスタジオミュージシャンによる架空のプロジェクトではないか」「声とビジュアルは別人のCGではないか」という都市伝説が真剣に議論される事態に発展しました。
この噂を完全に粉砕したのが、1997年8月1日に東京・有明のレインボースクエアで開催された自身初の単独ライブ『LIVE NATURE #0 "Over The Rain-Bow"』でした。応募総数数百万人の中から選ばれた4万7,000人の大観衆の前に突如姿を現した大黒摩季は、CD音源を凌駕する圧倒的な声量とパワフルなパフォーマンスを披露。1曲目「FIRE」から炎が吹き上がる中で繰り広げられた圧巻のステージは、メディア関係者の度肝を抜き、彼女が正真正銘の「生粋のボーカリスト」であることを証明しました。
卓越した「楽曲提供・作詞作曲」とコーラス職人としてのキャリア
大黒摩季の本質的な凄みは、単なる歌い手にとどまらない大黒摩季 楽曲提供 作詞作曲のスキルの高さにあります。デビュー前、彼女はビーイング屈指のコーラス職人として、B'z、TUBE、ZARD、DEEN、WANDSなど、名だたるトップアーティストの楽曲のバックコーラスを数え切れないほど担当していました。
例えば、ZARDの代表曲「揺れる想い」や「負けないで」のサビで聴こえる高音のコーラスラインは大黒摩季によるものであり、坂井泉水氏の澄んだ透明感のあるボーカルに彼女の力強いハイトーンが重なることで、あの特有の音圧と輝きが生み出されていました。また、MANISHへの作詞提供や、他アーティストのプロデュースなど、裏方としての高度な音楽理論とアレンジ能力が、自身のソロワークの骨格を強固なものにしています。