公式文書の多くは、1945年8月の敗戦直後に灰燼に帰した。軍や官公庁による組織的な書類の焼却作業により、本土決戦に向けた過酷な設営工事の実態は闇へと葬り去られたはずだった。しかし、地下深くに掘り進められた泥まみれの壕壁は、消し去ることができない物理証拠として残された。
今回、独占インタビューに応じた元学徒動員の90代男性は、息をひそめるように語った。「夜を徹して鑿を振るった。完成すれば自分たちは生きてここから出られないと誰もが知っていた」。1945年夏の終戦間際、昭和天皇による「玉音放送」が流れる直前まで、各地の地下秘密拠点では絶望的な作業が続けられていたのだ。文字として遺されなかった人々の肉声と肉体の傷痕は、地上で放映されるどの歴史ドキュメンタリーよりも重い説得力をもって私たちを揺さぶる。