稲城の梨が全国的な知名度を持ちながら、一般的なスーパーの店頭で見かけることが極めて稀である背景には、果実の特性と流通システムに起因する明確な理由が存在します。
第1の理由は、樹上完熟による果皮のデリケートさです。品種「稲城」は一般的な幸水や豊水と比べても果肉が非常に柔らかく、果汁量が豊富です。糖度を最大限に引き出すためにギリギリまで木の上で熟成させてから収穫するため、長距離輸送時の振動や段ボール内での圧迫によって果皮にアタリ傷が生じやすく、広域市場流通に不向きな性質を持っています。
第2の理由は、東京都心近郊という立地ゆえの地産地消モデルの完成です。稲城市の生産農家は古くから直売方式を確立しており、収穫された果実は中央卸売市場を経由することなく、市内の店頭や常連客の事前予約分だけでほぼ全量が消化されます。農家側にとっても市場手数料や中間マージンを抑え、適正価格で消費者に直接届けられる持続可能なビジネスモデルが成立しています。
第3の理由は、栽培の難しさと収穫期間の短さです。大玉に育てるための摘果作業や枝の管理に高度な技術を要し、一年のうち「稲城」が最盛期を迎えるのは8月下旬から9月上旬のわずか約2〜3週間に限られます。この極めて限定的な供給期間が希少価値をさらに高めています。