葛飾北斎が人生の最終盤、80代半ばにして遥々江戸から四度も訪れた場所。それが信濃国小布施だった。その旅を支えたのが、地元の裕豪であり文人でもあった高井鴻山だ。鴻山は北斎を師と仰ぎ、彼のために専用のアトリエ「碧雲洞」を提供するなど、多大な物質的・精神的援助を惜しまなかった。
権力や名声に執着せず、ただひたすら美の深淵を追い求めた北斎にとって、小布施の豊かな自然と温かな庇護者は格好の創作環境となった。江戸時代文化の熟成期に咲き誇った二人の奇跡的な師弟関係が生み出した空間は、時代を超えて現代の訪問者を圧倒する。