鬼となってから約60年後、黒死牟の前に現れたのは、とうの昔に死んだはずの弟・縁壱でした。痣の代償をものともせず、80歳を超える老境に達していた縁壱は、鬼となった兄を見て静かに涙を流します。「お労しや、兄上」と。
老いさらばえた縁壱に対し、全盛期の肉体と鬼の力を併せ持つ黒死牟は勝利を確信します。しかし、構えをとった老剣士の最初の一撃は、黒死牟の視界を完全に捉え、一閃のもとに頸の皮一枚まで切り裂きました。神に選ばれた才能は、老いてもなお神域のままでした。
次の一撃で自分の首は確実に落ちる――黒死牟が底知れぬ恐怖と敗北感に硬直した瞬間、縁壱は立ったまま寿命を迎え、絶命します。黒死牟は弟に一度も勝つことができないまま、永遠の敗北を刻みつけられました。怒り狂い弟の遺体を真っ二つに斬り裂いた黒死牟の足元に転がり落ちたのは、数百年前に幼き自分が贈った、ボロボロになった木彫りの笛でした。弟が生涯大切に懐に忍ばせていたその遺品を、黒死牟は決して捨てることができず、己の着物の懐にしまい込みました。