身柄拘束から約3週間後の12月23日、処分保留のまま釈放されたビートたけしは、所属事務所のオフィス北野にて釈放記者会見を行いました。詰めかけた数百人の報道陣を前に、深々と頭を下げて暴力行為そのものについては全面的に非を認めて謝罪しました。
一方で、会見の中でたけしが語った言葉は、当時のマスコミ界に重い波紋を広げました。「暴力を使ったことはいかなる理由があっても弁解できず、深く反省している」としながらも、「芸人である前に一人の人間。無抵抗の女性を傷つけてまで写真を撮る手法は到底納得できなかった」と胸中を吐露。過激化する取材現場の実態を毅然とした態度で訴えたこの会見は、世論を大きく二分することとなりました。
刑事裁判は東京地方裁判所で開かれ、1987年6月10日に判決が言い渡されました。裁判所は「集団による実力行使は法治国家において許されない」と指弾しつつも、事件の発端となった雑誌側の過密・過度な取材姿勢にも情状酌量の余地を認め、ビートたけしに対し懲役6か月・執行猶予2年(求刑:懲役6か月)の有罪判決を下しました。