事件の発端となったのは、東京都中野区にある日大アメフト部の学生寮に対する家宅捜索でした。2026年7月上旬、大学関係者が寮内を点検した際、部員のロッカーから植物片と不審な錠剤が発見されたことがすべての引き金となります。
ここで最大の焦点となったのが、沢田副学長の対応問題でした。元検事である沢田康広副学長(当時)は、薬物らしきブツを発見したにもかかわらず、直ちに警察へ通報せず、大学の金庫内に保管し続けました。警察への情報提供が行われるまで実に「12日間の空白」が生じていたのです。
沢田副学長側は「まずは学生への指導や自首を促すための事実確認期間だった」と釈明したものの、社会的には「大学による組織的な隠蔽工作ではないか」と激しい批判を浴びました。この初動対応の致命的な遅れが警視庁との信頼関係を破壊し、結果として寮への強制捜査とメディアによる猛烈な連日報道を招くことになりました。