言語学者・金田一秀穂は、時代とともに揺れ動く日本語の表記について「言葉は生きており、使う人の感情や時代の要請によって柔軟に形を変える」と度々言及している。実際、文学作品や個人のエッセイにおいては、情緒的な深みを出すためにあえて「充分」を採択する表現者も珍しくない。
しかし、国立国語研究所が実施している大規模な現代日本語書き言葉コーパスの分析データを検証すると、出版物や報道テキストにおける「充分」の使用頻度は年々減少し、「十分」への一本化が急速に進んでいることがわかる。特にWebメディア・出版編集業界においては、検索エンジン最適化(SEO)やテキストデータの機械処理、表記ゆれチェックツールの導入に伴い、ハウススタイル(社内表記ルール)として「十分」への統一が義務付けられるケースが大半を占める。
「どちらでも間違いではない」という寛容な視点を持ちつつも、実務の現場では読者に不要なノイズを与えない可読性の高さが最優先される。表記の表記ブレを徹底して排除することが、現代のプロ編集者・プロライターに求められるスキルなのだ。