そもそも、なぜ寿司屋の湯呑みにはこれほど多くの魚へん漢字が描かれるようになったのでしょうか。その歴史は明治時代後期から大正時代にかけての東京・下町の寿司屋にさかのぼります。
当時、寿司は庶民の手軽なファストフードから徐々に店舗を構えるスタイルへと変化していました。注文を受けてから寿司を握るまでの間、客を退屈させないための趣向(知恵)として、湯呑みに魚の漢字を印刷したのが始まりとされています。
また、寿司屋の湯呑みが一般的な家庭用のものよりも一回り大きく作られているのにも明確な理由があります。職人が一人で切り盛りするカウンターにおいて、お茶のおかわりを頻繁に注ぐ手間を省くため、大容量で冷めにくい肉厚な湯呑みが定着したのです。
待ち時間のちょっとしたクイズ感覚の楽しみと、店舗のオペレーション上の工夫が合致した結果、今日私たちが親しんでいる「寿司屋の湯呑み」のスタイルが全国へと広まっていきました。