中森明夫氏のもう一つの代名詞が「アイドル評論家」としての顔です。1980年代の松田聖子、中森明菜、おニャン子クラブの台頭から、岡田有希子の悲劇、90年代のアイドル冬の時代に至るまで、少女たちが放つ儚くも圧倒的なエネルギーを独自の哲学で論じ続けてきました。
特に2000年代後半、秋葉原の小さな劇場からスタートしたAKB48の黎明期における批評活動は、グループのブレイクを後押しする大きな要因の一つとなりました。秋元康氏が仕掛ける「会いに行けるアイドル」のシステムや総選挙というドラマを、日本社会の欲望や共犯関係の構造として言語化。『AKB48白熱論争』などの論考を通じて、社会学者や一般読者を巻き込むカルチャー論争を巻き起こしました。
2026年代以降に定着した「推し」「推し活」というライフスタイルに対しても、中森氏の言及は常に本質を突いています。単なるブーム消費として片付けるのではなく、「他者を熱狂的に肯定することで自らの生を照らす人間の根源的な営み」として捉えるその視座は、新世代のアイドルファンからも熱い支持を得ています。