坂口杏里が初めて脚光を浴びたのは、母である大女優・坂口良子の存在と、その愛らしいキャラクターがきっかけだった。大手芸能事務所である太田プロダクションに所属し、持ち前の明るさでバラエティ番組を席巻した時期は、まさに彼女のキャリアにおける黄金期と言える。二世タレントとしてのプレッシャーを抱えながらも、独特の立ち位置を確立していた。
しかし、最愛の母の他界という深い悲劇が彼女の人生の歯車を大きく狂わせることになる。心の支えを失った傷は深く、芸能界での活動にも徐々に影を落とし始めた。居場所を失った喪失感と孤独を埋めるかのように、彼女が足繁く通うようになった場所こそが、不夜城・歌舞伎町のネオン街であった。