談志の没後、歳月の流れとともに一門を支えた直弟子の物故も相次ぎました。豪快なフラと達者な語り口で愛された立川左談次や、若くして期待されながら病に倒れた立川談大、上方落語の道へ進んだ立川文都など、早すぎる別れを惜しまれた名手たちも少なくありません。
一方で、落語の枠組みを超えて独自のポジションを確立しているのが立川談慶の評判です。慶應義塾大学卒業後、ワタナベプロの社員を経て30歳目前で談志に入門した談慶は、上納金制度や厳しい前座修行を9年半耐え抜いた苦労人です。その経験を活かしたビジネス書や落語指南書を多数執筆し、作家・コメンテーターとしても高い評価と信頼を得ています。
また、談志一門の系譜は孫弟子世代へも確実に広がっています。立川志らくの弟子である立川志らく一門の若手や、志の輔の弟子たちも精力的に独演会を重ねており、談志が遺した「落語とは人間の業の肯定である」という金言は、形を変えながら次世代の表現者たちへと受け継がれています。