伊藤博文によって結成された立憲政友会を実質的に掌握した原は、徹底した党組織の近代化を推し進めた。彼は旧来の藩閥勢力に対抗するため、全国に鉄道網や港湾を整備する公共事業を配置し、地方の有力者を党の支持基盤として取り込む「実利政治」を展開する。この戦略により、政友会は一握りのエリート政治から脱却し、強固な集票マシンへと変貌を遂げた。
衆議院の多数派を背景に成立した原内閣は、華族でも藩閥出身でもない首班による本格的政党内閣として、国民から熱狂的な歓迎を受けた。「平民宰相」というキャッチフレーズは、人々の権威主義への反発と新しい時代への期待を一身に集めた。しかしその一方で、権力の集中は強引な与党運営を生み、野党や言論界からの過酷なバッシングを呼び込む両刃の剣ともなったのだった。