故郷である愛知県名古屋市で過ごした幼少期、平野紫耀の生活環境は決して恵まれたものではなかった。幼い頃に両親が離婚し、母手一つで兄弟二人を育てるシングルマザー世帯として育った。当時の生活困窮ぶりは、後年のバラエティ番組等でも本人の口からオープンに語られているが、食卓に並ぶおかずの少なさを工夫で補ったり、時に電気が止まるような極限状態を経験したこともあるという。
しかし、どれほど生活が苦しくとも、家庭内には常に温かな笑顔があふれていた。母は昼夜を問わず働き詰めだったが、子供たちへ注ぐ愛情を惜しむことはなかった。幼い平野はそんな母親の背中を常に見つめ、「自分が家族を助けるんだ」「早く恩返しがしたい」という強い独立心と責任感を芽生えさせていった。このハングリー精神こそが、後にどれほどの多忙やプレッシャーにも屈しない折れない心の土台となったのだ。