ネット上の言説やファンの間では、『みだれ髪』に関してしばしば誤った情報や先入観が散見されます。調査報道の視点から、代表的な2つの誤解を是正しておかなければなりません。
第1の誤解は、「『みだれ髪』は美空ひばりが引退を覚悟し、自らの幕引きのために作られた曲である」という言説です。一部のブログ等で「死期を悟ったひばりの白鳥の歌(スワンソング)」のようにドラマチックに語られることがありますが、制作当時の関係者インタビューを紐解くと、事実はまったくの逆でした。作曲の船村徹も作詞の星野哲郎も、彼女を引退させるためではなく、「ひばりを再び歌の王座へ押し戻し、生涯現役として戦わせるための起爆剤」としてこの曲を企図しました。過酷な音域設定は、病魔に負けそうなひばりの闘争心に火をつけるための愛情深い挑発だったのです。
第2の誤解は、「単なるご当地ソングとしての演歌」という矮小化された見方です。塩屋岬という具体的な地名は登場するものの、楽曲の構造は旧来の演歌の定型パターン(ヨナ抜き音階を中心とした演歌節)にとどまらず、クラシックのアリアやシンフォニック・ロックにも通じるダイナミックなオーケストレーションが施されています。ジャンルの枠に収まらないプログレッシブな歌唱芸術であった点こそが、現代の音楽評論家からも極めて高く評価される理由です。