三島が掲げた自主憲法制定論は、単なる体制批判や古き良き日本への回帰論ではない。政治思想・現代史の観点から解読すると、彼の主張は国家の根幹である最高法規を自らの言葉で定義し直さなければ、国民の真の主体性は成立しないという論理的帰結であった。行動を共にした楯の会学生長・森田必勝ら若者たちにとっても、それは日本という文化共同体を維持するための切実な希求にほかならなかった。
森田必勝をはじめとする若者たちが三島の思想に共鳴したのは、戦後の繁栄の陰で失われゆく美意識と精神的背骨を取り戻すためであった。過激な手段を選んだ決起の裏には、戦後体制がもたらした精神的骨抜きに対する、底知れぬ危機感が潜んでいたのだ。