日高光啓の歩みは、日本のポピュラー音楽史においても極めて異例の軌跡を描いています。10代の頃に元ジャニーズJr.として芸能活動をスタートさせ、同期らと切磋琢磨した後にエイベックスのオーディションに合格。2005年にAAAのメンバーとしてメジャーデビューを果たしました。グループがドームツアーを成功させるトップアーティストへと駆け上がる一方で、彼はアンダーグラウンドのクラブシーンに単身飛び込み、ラッパー「SKY-HI」としての実力を磨き上げました。
転機となったのは2026年9月、自ら立ち上げたマネジメントレーベル兼事務所株式会社BMSGの設立です。「Be My Self Group」の頭文字を冠し、「才能を殺さないために」をスローガンに掲げたこの挑戦は、自腹で投じた1億円の自己資金を原資としたボーイズグループ発掘オーディション「THE FIRST」から始まりました。
テレビ特番や密着ドキュメンタリーで明かされたのは、従来の芸能界で見られた過度な上下関係や減点方式の審査ではなく、「クオリティファースト」「クリエイティブファースト」「アーティシズムファースト」を掲げる徹底したエンパワーメントです。この思想から誕生したBE:FIRSTは、デビュー直後から各種チャートを席巻し、2026年に至るまで日本のボーイズグループ市場におけるゲームチェンジャーとして君臨しています。