古森元也を語る上で欠かせないのが、従兄弟である佐久早聖臣との関係性です。極度の潔癖症であり、他者に対して警戒心を崩さず、常にネガティブなリスクを警戒する佐久早に対し、古森は幼少期から最も近い距離で寄り添い続けてきました。佐久早をバレーボールの世界へと引き入れたのも古森であり、二人の歩みは作品の裏側で丁寧に紡がれています。
スポーツ心理学の視点から見ると、古森は佐久早にとって極めて健全な「心理的バウンダリー(境界線)」を保ちながら安心感を提供する心理的バッファー(緩衝材)として機能しています。佐久早の神経質な一面を否定も過剰擁護もせず、「聖臣、手洗ったか?」と当たり前の日常として受け止める古森の包容力こそが、佐久早が競技に100%没頭できる土台を築きました。
春高バレー準々決勝において、主将の飯綱掌が無念の足負傷に見舞われ敗退した際も、古森は悔しさを胸に秘めながら次代の主将として立ち上がりました。孤高のエース・佐久早とチーム全体を精神的につなぎ留めたのは、紛れもなく古森の持つ陽性の人間力でした。