法曹のエリートコースからなぜ地方政治、そして市政トップの座へと挑んだのか。その転身の背景には、弁護士実務と県議時代に培われた「制度の壁に対する危機感」がありました。
法廷や法律相談の現場では、借金問題、ドメスティック・バイオレンス(DV)、離婚、生活困窮など、法的な解決だけでは救いきれない構造的な生活課題に直面します。「法律は事後的な救済には役立つが、困窮を生み出さない仕組み作りは政治にしかできない」という痛感こそが、小川氏を地方政治へと駆り立てた原点です。
県議時代には教育・子育て環境の改善、女性や若者の就労支援、医療福祉体制の強化に尽力。議会質問や政策提言を愚直に積み重ねるなかで、県政と市政の連携不足や、市民感覚とのズレを肌で感じるようになります。「閉塞感の漂う前橋市政を市民の手へ取り戻す」という決断のもと、2026年末に県議を辞職し、前橋市長選挙への挑戦を表明しました。
2026年2月の市長選では、4期目を目指す自民・公明推薦の強力な現職に対し、小川氏は完全無所属として出馬。政党の枠組みを超えた市民派ボランティア、子育て世代、無党派層、さらには一部の保守層を取り込む草の根の後援会活動を展開し、大金星となる初当選を成し遂げました。